トランプの公約である富裕層への減税政策とは真逆の、富裕層増税策を打ち出している日本政府。それに伴って国税庁は富裕層に対しての調査を行った。平成27年事務年度(平成27年7月~平成28年6月)には4,377件の調査を行い、その結果、申告漏れ所得金額合計516億円、追徴課税も120億円と過去最高を記録したと公表した。このうち海外関連の申告漏れ所得金額は168億円となっている。興味深いのは、最近実施調査されている「国外財産調書」制度との兼ね合いだ。
大口案件では名古屋国税局管轄で、ある会社役員がシンガポール法人の未公開株式を売却し、多額の譲渡所得(約7億円)を得ていたが、その譲渡所得を申告していなかった。これは日本とシンガポールとの「自動的情報交換制度」を想定した試運転作業から判明した。当然、この役員は国外に5,000万円以上財産を所有する者が提出しなければならない「国外財産調書」も義務を果たしていなく、この株式から生ずる過去の配当や預金利子も申告していなかったため、過少申告加算税も5%加重させられた。
今、国税庁が海外を利用した日本人の脱税摘発に、この「自動的情報交換制度」を伝家の宝刀とすべくやっきとなっている。この制度は「共通報告基準(CRS)」と呼び、来年1月1日以後、海外(日本も含めて)に銀行口座を開設する場合には、銀行等にその者の居住地国等を記載した新規届出書の提出が義務づけられる。
この提出された情報のうち、非居住者に係る情報については、その翌年、平成30年4月1日に初回の報告がされることになる。但し、ここがザルだと思えるのが、初回の報告義務対象は、新規口座開設者以外は報告しなくてよいのだ。つまり、今年末までに海外口座を持つ者は対象外だということになる。ただ、海外既存口座開設者のうち預金残高が一口座100万ドル(1億1,000万円)超の預金者(個人既存高額特定契約者という)に限られる。それ以外は初回の自動的情報交換の対象外となる。法律専門用語で言えば「特定取引契約資産額」が100万ドル以下である個人(個人既存低額特定取引契約者)と法人既存特定取引契約者の口座情報については、次回の情報交換から国税庁に把握されることとなる。法人既存口座については、特定取引契約資産額が25万ドル以下の場合には所在地国にかかわらず報告義務はない。
この制度は、はたして機能するだろうか。日本の金融機関は多分、国際的見地から非居住者情報に協力する。しかし外国は、この自動的情報交換制度を守るだろうか?罰則規定がない以上、いい加減である。アメリカのFATCAは守らなければ米ドルの交換すらできないので、各国の銀行はアメリカ人の情報を全て把握するようにしたが、この強制力を持つFATCAでさえ、預金者には「A.私はアメリカ市民です」「B.私はアメリカのグリーンカードを持っています」「C.私はA、Bどちらでもない」の三者択一にチェックをするだけなので、何の証拠も示す必要がなく、銀行職員でさえチェックは一応しました、とするだけであり、野放しである。
海外で預金口座を開設した人はわかるだろうが、パスポートだけで預金口座を開設できる。外国には戸籍も住民票も印鑑証明書も、そもそも存在しないからだ。パスポートには本人の名前は記載されているが、住所の記載はない。しかも名前はローマ字である。漢字ではない。これで情報は正確に日本の国税庁に伝わるのだろうか。しかも最も案ずるのはアメリカである。トランプが大統領になるが、この制度に、いつもであるが協力的ではない。当たり前であるが、アメリカ政府でさえ実態がわからないデラウェア州に資金が逃げ込んだらどうするのだろうか。アメリカに外国から流入するカネをアメリカ政府がチェックするのは、その資金はテロ資金か、はたまた麻薬などのマネーロンダリングかである。脱税資金に関心はない。外国人が預けたカネはアメリカの投資と雇用を生む、ウエルカムだ、金に色はついていないからであろう。
☆ 推薦図書 ☆
櫛田健児著 『シリコンバレー発アルゴリズム革命の衝撃』 朝日新聞出版 1,600円+税
この15年ほど、サンフランシスコの南、シリコンバレーでは、グーグル、フェイスブック、ウーバーなど数多くの企業が破壊的イノベーションを実現させ、世界を驚かせている。この根底にあるのが「アルゴリズム」。アルゴリズムとは、問題を解くときの定型化された手順のことで、コンピュータの場合は問題を計算する一連の手続きのことをいう。産業革命は人間ではできないことの機械化である。現在起きている産業革命はソフトウェアによる自動化である。以前は時間がかかった情報検索や会計処理などは完全自動化された。そして人工知能(AI)が急速に発達し、ディープラーニング(深層学習)が生まれた。これにより大量のデータを読み込んで進化し、人間の学習能力を超えてきた。さらにクラウド・コンピューティングが出現し、その次のテクノロジーがIoTだ。具体的には2015年、テスラモーターズが行ったオートパイロット(自動運転)のアップデートだ。「今晩中にオートパイロットのソフトウェアをダウンロードできるから、明日から使える」というメールが届く。それが現実になった。修理工場に行かずとも、ソフトウェアをダウンロードするだけで機能を革新した。人が要らなくなる。自動化が進むとこうなるが、今までは、このような失業者を、新しく勃興した産業が吸収してきた。しかし、これは過去の例で、将来同じパターンが繰り返されるという証拠はない、という。