東京地裁でこのほど判決が出た。国税当局が注目していた、この事件は原告(以下、Aとする)が自身の税務調査を受けた際、国税庁が違法な調査をしたとする訴えである。Aはシンガポール在住で、Aのオーナー会社(シンガポール法人)と共に日本の国税当局がシンガポール政府に対して「Aの情報」を教えてほしいと連絡した。租税条約等に基づく情報交換とは、税務調査において日本国内で入手できる情報だけでは事実関係を十分に解明できない場合に、租税条約相手国に必要な情報の収集、提供を要請するもので、日本の国税当局にとって海外で租税回避する者を捕捉するということでは極めて大事なことである。
今回の事件は、シンガポールに居住するAとその関連会社に関する情報をシンガポール政府に要請したことについて、Aがその情報要請の取消しを求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を請求した事件である。
Aは現地法人を利用して自身の財産を信託で財産運用していたが、その運用実績やキャピタルゲイン、配当などが明らかでないため、国税当局はシンガポール政府に対して口座の取引明細などに関する情報の提供を依頼した。
一方Aは、その国税当局のシンガポール政府に対する要請は租税条約に違反したものであり、これにより自身ないし顧客のプライバシー、その他の権利利益を侵害されたとして、日本からシンガポール政府に対してのその情報要請の取消し等を求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を請求する訴訟を東京地検に提起したのである。
地裁は情報要請について訴訟の対象となる行政処分に当たらないことなどを理由に、情報要請の取消し等を請求する部分に関するAの訴えは不適法として却下した。そして、シンガポールとの間で「日星租税協定」が存在するので、シンガポールでのAの情報「国内入手不能情報」をシンガポールに要請するのは違法ではないとしている。
以上によってAは多額の税金を納めることになった。この事件を機にシンガポールは、税務上、非常に透明性の高い国になってしまったと世界に認められるようになった。日本国の要請があれば、シンガポール政府は全て個人情報を開示するということである。世の中の海外租税回避方法は大きく舵を切ったと思われる。しかし同様なことをアメリカに対して日本はできるのだろうか。
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