ウォール・ストリート・ジャーナルは、2020年には、1982年以来初めてアメリカの社会保障コストが歳入を上回り、積立金を取り崩さざるを得ないと報道した。しかしこれは、2018年のレポートよりも良い予測ではある。現在アメリカは雇用増加により社会保障税の歳入が増加するとされているが、長期的な展望は決して明るくはない。今回のレポートによれば2035年までにはこの積立金が底を尽き、その後はもはや予定支給額を全額払うことが不可能になり、恐らく予定額の4分の3ほどの支給しかできなくなると予想している(日本はもっとひどいが)。
これはMedicareと呼ばれる65歳以上の保険制度の財源についても同様だ。ベービーブーマーが退職し、社会保障の受給人数が大幅に増加、そして寿命が伸びていること、更に過去数十年に及ぶ出生率の低下等が起因とされており、社会保障制度を取り巻く環境は日本とほぼ変わらず、アメリカでも厳しい状況にある。これらの社会保障コストの増大は、当然のことながら連邦政府の財政を圧迫することが予想され、財政赤字の原因ともなる。あるシンクタンクの計算では、今後10年現在のような状況が続けば、財政赤字の90%は社会保障関連赤字になると警鐘を鳴らしている。
1980年代に一度、積立金を取り崩した時には議会は超党派での対策を行い、給与からの社会保障費税回収の強化及び物価上昇の調整を繰り延べすることにより黒字に転換をさせた。社会保障は大きく3つに分かれており、1番目は年金に当たる退職者に対するもので5270万人が受給、2番目は障害者に対するもので1020万人が受給、3番目は65歳以上の健康保険Medicareで6000万人が受給している。2019年時点では、これらの社会保障コストはGDPの8.7%だが、2035年には11.6%まで増加すると考えられている。また、さらにMedicareのコスト増大が大きく見込まれる。
さて、今後だが、ホワイトハウスは議会での協力が必要であり、特にMedicareコストの抑制及び詐欺的な行為の撲滅といった超党派での政策を打ち出して欲しいとする一方、Medicare For All といったMedicareコストを大幅に増加させるような議論はしないで欲しいと民主党に釘を刺している。社会保障制度については、投票者の間でも人気のあるトピックでもあり、次期大統領選でも大きな議題となるのは必然。共和党は財政赤字を生み出す原因と考え、特にMedicareの拡大には反対する一方、民主党はMedicare For Allといった国民皆保険を呼びかけている。但し、これには不法移民にまで国民皆保険を与えるのかと反対意見も多数ある。共和党としては、社会保障税率の引き上げを唱えると共に、現在課税上限である年所得133,000ドル(1500万円)という上限をなくすということも提案している。来年の大統領選を控え、移民法と共に根本的な改革が必要となる課題であるが、トランプ大統領の挙動が注目される。
☆ 推薦図書 ☆
河合薫著 『他人の足を引っぱる男たち』 日本経済新聞出版社 850円+税
会議でわざと相手が答えられない質問をする。人望のある部下を閑職に飛ばす。同僚の悪評を上司に流す。権力者におもねり反対勢力を潰す。このような非生産的な足の引っ張りあいが日本の組織にはびこるのは何故か。個人を蝕み、ホワイトカラーの「ジジイ化」を促す「会社員という病」について本書は描いている。
「私が45歳のとき、年下が上司になりました。ショックだったが、彼は明らかに上しか見ていない男で、『こんなヤツに負けてなるものか』と思うと悔しかった。ある日、長年のライバル会社の客だった会社を、私が取ることに成功した。もう嬉しかった。社長賞の10万円をもらえることになった。ところが、授賞式に行こうとしたら『あなたは来なくていいよ』と彼に言われた。年下の上司はまるで自分の手柄のように、社長から記念品と10万円を何食わぬ顔で受け取った。私の中で何かが外れた。完全に心のバランスが狂ってしまった」「そうなると私は、彼の足を引っぱることでしか自分の存在を確認できなくなっていた」
この著で「ジジイ化」とは、自分の保身だけを考え、会社のためと言いながら、自分のために既得権益にしがみつき、属性で人を判断し、「下」の人には高圧的な態度をとる人びと(つまりオジさん、オバさん)のことを言うとしている。一読に値する面白い本である。