新聞報道によると、工業用接着剤最大手、スリーボンドの鵜久森一郎元会長(67)が、東京国税局の税務調査を受け、結果、5年間で所得約20数億円の申告漏れを指摘された。この税務調査は富裕層の今後の税務対策に様々な教訓を残した。
まず、元会長はスリーボンドの海外子会社から年間数億円の役員報酬を得ていたが、シンガポールや香港そしてアメリカに5年以上居住していて、日本に居住していなかったとして、日本に所得税の申告義務がないとして申告していなかった。しかし東京国税局は、日本に居住していたとして今回の追徴課税となった。この件に関しては、武富士事件など日本の居住者・非居住者の区別を巡って幾多の裁判例もある。その学習ができていないというか、元会長の税務にあたってはプロのコンサルタントがついているはずだが、どうも日本のプロは国際的でない者が多いようだ。
183日基準というのがよく言われるが、これはアメリカの居住者・非居住者を判定するのに使われるもので、日本の税法にその規定はない。日本の居住者かどうかは、その者の住所が国内にあるのかどうかによる。日本でも最近、海外2、3か所を転々とする者も増え、住所がどこにあるのかわからないようなこともある。しかし所得税法上、住所は世界に一か所しかなく、2か所以上あることはない。それでは住所とは何か。それは「生活の本拠」なのである。どこにいようと、「生活の本拠」が日本国内にあれば、その者は日本の居住者なのである。
判定基準は、職業、財産の所在地、家族の居住場所、国籍である。決定的なのは、妻や子が日本国内にいて、財産も日本にあって、日本国籍であれば、これはもう立派な日本居住者なのである。唯一例外として、海外にいなければその職を全うできないので、やむなく長年、海外に居住というのがある。元会長は日本の非居住者を装って日本で5年間も申告していなかったが、全て取り消され、無申告加算税などを含めると莫大な追徴税額になった。無知とはいえ、国際税務に関してのつけが余りにも多かった。
この税務調査には、おまけもついた。平成25年に知り合いの女性に港区のマンション(3億円強)を買い与えたのと、宝石や貴金属2億円相当をプレゼントしたのがバレ、その女性に贈与税を課して、加算税を含め約3億円を女性から追徴したのである。今まで国税当局は登記・登録する財産の名義で贈与税を課していたが、指輪などのプレゼントにも贈与税を多額にかけた例は珍しい。結婚指輪などのプレゼントも今後要注意になる。富裕層にはだんだん厳しくなる日本の税法の一端を垣間見る思いだ。
しかし、日本の非居住者だとして5年以上も押し通していたが、「生活の本拠地」に加え、「生活の準本拠地」も日本にあったとなると、お粗末の極みである。
☆ 推薦図書 ☆
トマ・ピケティ著 山形浩生/守岡桜/森本正史共訳 『21世紀の資本』 みすず書房 5,500円+税
所得は労働所得と資本所得を足したものである。1970~90年のスカンジナビアでは所得のトップ10%が総賃金の20%を、最下層の50%が約35%を受取った。最近のアメリカではトップ10%の賃金シェアが30%増加した。フランスでは裕福なトップ10%が全富の62%を所有している。アメリカでトップ10%が全富の72%を所有し、最下層50%は僅か2%である。さらに資本収益率が成長率を大きく上回っているので、富裕層では相続財産が生涯の労働で得た富よりも圧倒的に大きなものになっている。これを阻止するには資本に対する世界的な累進課税だが、世界各国がそれに同意をするとは思えない。全く働かなくても所有の資本を増殖させることができる。格差拡大は今、世界的規模で起こっている。
この本は最近になく読み応えがある。