この事件は、米国IBMが日本IBMの中間持株会社(APホールディング、日本IBMの親会社)の全株式を購入し、日本IBMの全株式を中間持株会社(APH)に譲渡した(譲渡代金は米国IBMが貸付)。そして日本IBMは中間持株会社(APH)からその日本IBM株式を取得した(金庫株)。この結果、中間持株会社(APH)は日本IBMからのみなし配当が生じるが益金不算入、一方、譲渡損を損金とすることにより欠損金が発生、中間持株会社(APH)の100%子会社である日本IBMとは連結納税もしているので、日本IBMの利益から中間持株会社(APH)の繰越欠損金を控除できるというもの。
これに対して国税当局は、①ペーパーカンパニーで中間持株会社(APH)を日本IBMの持株会社としたことについて正当な理由があるとは言えない、②日本IBM株式を取得する貸付けられた融資条件が極めて有利なものであり通常の取引とは言えない、③中間持株会社やIBMグループの行為には租税回避の意図があるという、この①②③の国税の主張で、地裁で争われた。そして地裁で国税は完敗したが、国税は高裁に上告した。国税は①と③は取り下げ②だけで争ったが、たった2回の口頭弁論で結審し、国側は負けた。
争われたのは法人税法第132条(同族会社の行為又は計算の否認)という、いわば税務署の伝家の宝刀と言われてきたもの。「税務署長は・・・その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税法の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときには、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人の所得等を是正することができる」というもの。つまり同族会社や支払関係にある法人に対して、勝手に高額報酬や退職金を出させたり、無理な合併や売買などを行わせることができると考えられ、常識の範囲を超えた行為がまかり通ると国税当局が考える。つまり「経済合理性がない行為」だとしている。
高裁の判決で筆者も驚いたが、この一連のIBM取引は「うまく考えた節税」で自己株を子会社に買わせたり、その買う資金を無担保で融資したり、わざと譲渡損を発生させたりと、筆者の勘では相当な国際的節税スキームを描けるプロが背後で考えたことであることは想像に難くない。
現在の法人税法132条は長い間の歴史があり、大正9年に持株会社を作って税逃れをする財閥が増加したことを背景に、持株会社の留保所得を株主に対する配当とみなす規定と一体として同族会社の行為の否認規が、大正12年に帝国議会を通って以降、現在まで通用する税務署の伝家の宝刀であった。
国税当局はもとより、多くの学者に支持された「経済合理性がない場合にのみ適用される」とする説であったが、高裁がこの「経済合理性基準」を否定したのである。もともとこの税法132条は日本独特のものであるが、この判決には財務省も国税庁も仰天。国税は上告するが、最高裁で上告が受理されず、このまま確定する可能性は十分ある。戦前、戦後を通じた、この伝家の宝刀。終焉を迎えるのであろうか。大問題である。しかし考えてみれば、国はこの行為計算規定に長年無防備すぎた。世界ではアップル、スターバックス、GEなど巨大企業は世界的節税を掲げて戦っている。節税コンサルタントに何百億円と使っている世界企業を相手に税務署長の裁量だけで今後も日本の税務行政が守られるわけがない、と思うのは筆者だけではあまるい。
☆ 推薦図書 ☆
岩瀬達哉著 『ドキュメント パナソニック人事抗争史』 講談社 1,380円+税
松下電器産業(現 パナソニック)の経営がおかしい。
創業者・松下幸之助から現8代目の社長・津賀一宏までの社長人事の歪みが今日のパナソニックの凋落の原因だとする。2代目の社長が娘婿の松下正治、3代目の山下俊彦はこの2代目が無能力だが正治会長を下すのを条件に4代目の谷井社長にその願いを託す。谷井がそれを果たそうと松下正治を説得するが、逆に謀反扱いされ自ら失脚。次は松下正治の覚えめでたい森下洋一が5代目社長に就くが、彼が何のビジョンも示せないまま松下は衰えて行き。次は左遷させられた中村邦夫を6代目社長に据えるが、恩ある森下に対峙できない。中村はプラズマで大失敗するが、子飼いの大坪文雄を7代目の社長に据え、自らコントロール。中村の大学の後輩・津賀一宏を8代目社長に。
この著はこれらの社長交代を巡っての人事抗争としているが、残念ながらこの著の中に「幸之助イズム」「物作り」が出て来ない。真実は別なところにあったと思うが、週刊誌的なおもしろさでは一気に読める。