現在米国では大統領予備選挙で盛り上がっている。私は確定申告事務のため今の時期、超多忙である。しかし毎週のことなので、合間を縫ってブログを書くことにした。
ところでアメリカでは、大統領候補者は確定申告書の開示を行うのが恒例の行事となっている。これは法律による強制ではないが、大統領候補者の透明性を高めるという意味で自発的に開示するのが慣習となっている。しかしトランプ氏は、自分の確定申告書は複雑を極めていて準備に時間がかかっているとして開示をしてこなかった。
ところが、前回大統領選挙でオバマ氏に負けたミット・ロムニー氏は、トランプ氏の確定申告書には”Bombshell”(爆弾)が隠されている、だから開示をしないのだとコメントを出した。この爆弾とは、トランプ氏は自分がビリオネアー(自分は100億ドル(1兆2,000億円)の純資産があると言っている)だと言っているが、実際はそれほどの資産家ではないのではないかと暗示をしている。ただ、ロムニー氏は彼自身も前回の大統領選では自身の確定申告書を出し渋り、出てきた確定申告書には、実は彼は1,370万ドル(16億円)の所得があるにも拘わらず、税率はたったの14.1%だったということで、世間はどうなっているのだと大騒ぎになった。その彼からのコメントなので全米で大変な話題になった。
これに対しトランプ氏は「ロムニー君、確定申告書からは純資産の規模はわからない」とツイートしている。確かに確定申告書からは純資産の規模はわからない。更にトランプ氏は先週金曜日の討論会で、自分の確定申告書は過去12年連続でIRS(国税庁)から毎年調査を受けていることを明かし、直ぐには提出できないと述べた。この発言に対しロムニー氏は「それならば、調査の終わっている確定申告書から出せばよいではないか」とツイートしている。面白いやり取りである。
更にこれに関し、元IRS査察官で現在Greenstein Rogoff Olsen会計事務所のパートナーではあるOlsen氏は、12年連続で調査が入るのはよほどIRSがトランプ氏の確定申告書を怪しむ箇所があるに違いないが、それでも12年連続は異常事態であり、そのこと自体が”Bombshell“だとコメントしている。通常IRSは一度調査に入ればその後2年間は調査を行わず、その間、脱税のような怪しい数字が出てこなければそれで終わりになる。
トランプ氏はその後CNNのインタビューで、IRSがしつこく自分をターゲットにするのは自分が”Strong Christian”(敬虔なキリスト教信者)だからだとコメントした。殆ど教会にいかないトランプ氏からのコメントにはひっくり返るほど周囲も驚いた。さすがに、このコメントに対しIRSも異例の会見をした。IRSの調査は納税者の確定申告書にある情報と税法に基づき税務調査をするのであり、政治や宗教は一切調査の要因たり得ない。また、調査は政党とは関係なく一般の役人であるIRS職員が行うのであり、調査のプロセスは守られているとコメントした。これは通常個々の税務調査につきIRSはコメントすることは禁じられているが、個人が自分の納税情報につき開示することは許されているともコメントしている。
それを見越して、今週初めにルビオ候補とクルーズ候補が相次いで確定申告書の開示をした。ブルーンバーグによるとルビオ氏は過去5年間の確定申告書を開示し、夫婦合算申告書で過去5年間に230万ドル(2億8,000万円)の所得があり、526,000ドル(6,300万円)の税金を払っている。また、この5年間での平均税率は23%のようである。但し、この開示では彼自身のビジネスの損益の詳細がわかるSchedule Cや、不動産賃貸収入、パートナーシップ、ローヤリティ収入の詳細がわかる Schedule E等の添付が無いため、彼の収入の実態がよくわからないというのが本当だ。
クルーズ氏もルビオ氏を真似、肝心なSchedule C及びSchedule E無しの確定申告書の開示をした。2011年から2014年の4年間の確定申告書を開示しており、合計で500万ドル(6億円)以上の所得があり150万ドル(1億8,000万円)の税金を払っている。この4年間での平均税率は29.9%である。クルーズ氏の奥さんはゴールドマンサックスの投資マネジャーで、現在、夫の大統領選選挙中は休職をしているようだが、この確定申告書からは彼が実際どのくらいの収入なのかはわからない(因みに米国上院議員の給与は年間174,000ドル(2,000万円)である)。また、どこに対していくらの寄附をしているかも判明しない。
さて、トランプ氏はIRSから税務調査を受けているので開示できないと言っているが、本当に開示できないのか?これは専門家でも意見が分かれている。確かに調査中でも、今ある確定申告書を出せばよいのではないかと思う人も少なくないと思うが、一度開示してしまうと公になる。そうなるとIRSも調査がやりにくくなるというか、一般大衆が注目するという意味で柔軟性がなくなる恐れがあるという。これを認めれば、あれには目をつぶるなどという取引ができない。つまり、トランプ氏にとっては厳しい調査になってしまう可能性が高い。このような観点から戦略的に調査が終わるまで開示はできないというよりも、開示はしたくないというのが本音である。ただ今後の論戦で、どこまでトランプ氏の確定申告書の開示が要求されるかが注目されるところだ。それでも、暴言王で何でもありのトランプ氏は強気で開示をしないで行くかもしれない。
今後が注目されるが、日本の総裁選挙や総理大臣指名選挙でもアメリカ並の個人所得の開示があっても良いのではないか。日本はアメリカに比べ、まだまだ民主主義が遅れていると思われるのと同時に、日本のテレビ新聞のマスメディアはなぜ、全米が注目している確定申告書の報道には触れないのか、これも不思議である。
☆ 推薦図書 ☆
海原純子著 『男はなぜこんなに苦しいのか』 朝日新聞出版 780円+税
心の不調を訴える男性が増えている、心療内科医である著者はストレスに強い男になるのにはどうすればよいのかを説く。かつての終身雇用と年功序列が消え、リストラの嵐が吹く昨今、必要なのは柔軟性。ストレス性疾患になる人はそれなりの傾向があるという。自分の性格を分析(専門医がする)して日常生活の心の生活習慣を変えてゆくことでストレスは予防できる。
これまでは職場でストレスによる不調が起こった場合「取り敢えず休む」、そして不調―休職―復帰、復帰したもののまた不調、こういった社員に共通なのは仕事を「やらされている」という思いが強い。経営者にわかってほしいのは「休ませればいい」ではなく、社員の「やらされている感」をなくし能動的に仕事に取り組む空気を作ることである。