私は今、太平洋の上空である。仕事のなかで、日米にまたがる相続の問題は多い。このほど日本の法務省は法務大臣の諮問機関「法制審議会」で、現在の相続制度の見直し案をまとめた。それによると「配偶者の法定相続分を引き上げる」という方針に着手したそうだ。現在の法では子供があると、配偶者の取り分は2分の1。この分配は50年間連れ添った夫婦も、一緒になって3か月の夫婦も同じ。これに対し新法案では、結婚後に夫婦の財産が増えた分に応じて配偶者の相続分を増やそうとするもので、長年連れ添った配偶者は夫婦の財産を増やすことに貢献してきたということで、配偶者の相続分を2分の1から3分の2に増やそうという案である。
だが、この案に対し「配偶者だけが財産の増加に貢献するわけではない」「夫婦関係が壊れていても取り分が増えるのは不公平だ」などと、法務省にパブリックコメントが寄せられたそうである。しかし、このような国民的議論は天皇の生前退位に似たものがある。江戸時代、いや、封建制度になってから、武士である夫の甲斐性に家族はすがるものであり、妻といえども三歩退って夫の影を踏まずの考えが根底にある。
一方、欧米ではどうか。配偶者の法定相続分などとの考えはなく、夫の収入であろうが、妻の収入であろうが、それは夫婦で稼いだ金である。アメリカ大統領のオバマとファーストレディの妻、大統領としての給与はあるが、ファーストレディとしての妻の収入はない。しかし大統領選はもとより、ホワイトハウスでの接客、外国に訪問しての公式晩餐会等、妻としての寄与があるから大統領職を全うできる。大統領に限らず、夫の仕事は妻がいてこそであるというのは欧米先進国の考え方である。
したがって、夫の仕事も夫婦共同での仕事である。ややもすると妻の寄与分の方がはるかに大きい場合もあるので、夫の収入で築いた財産は夫婦共有のものであり、密接不可分もあるので、夫名義の財産を妻が100%取得しても、あるいは贈与されても課税されることはない。もちろん個人の確定申告も夫婦で合算課税申告である。夫婦で稼いで家庭を維持し子供を育てるのは、何も夫婦片方の努力だけではないのである。
日本はどうかと言うと、たとえ夫婦であっても金銭は別だという。この考え方は、先進国では通用しないのである。夫婦は一つなのである。つまり国際的にみて非常識極まりない。夫婦間の財産異動で贈与税や相続税が発生するのは、多分日本だけだろう。したがって、欧米では預金も不動産も全て夫婦共同名義で行われる。そして片方が亡くなると、片方の名義に非課税で合算される。夫婦間の財産移動に税金がかからない。アメリカで同性愛者に結婚を認めよと主張するのは、この一点である。
☆ 推薦図書 ☆
佐藤愛子著 『人間の煩悩』 幻冬舎新書 780円+税
93歳になる著者、サトーハチローの妹で有名になった。この本は曽野綾子風であるが、そうではない。長い人生で悩みの量こそが人間の深さだとしている。著者はこれほど情深いとは知らなかった。「苦しい恋の経験はどんなに辛くても、経験しないよりはした方がいい。十の情事より一つの恋よ」「私(佐藤愛子)は何事にも打ち込むことが好きな人間であるから、男の人を好きになることにも全身全霊をもって打ち込みたい(夫がいようといなかろうと、である。)。打ち込んだ以上は、そこから人間として滋養を吸い取ることが出来ぬような男は相手にしたくないのである」と曝け出し、並みの女性の言えるセリフではない。本の中ほどに、こうも書いている。「精神の強さというものは一朝一夕で身につくものではない。怒り泣き諦め辛抱しながら、苦しい現実と何とか折合いをつけて生きていく。その経験の中で培われるものなのだ」と。著者によれば、多くの人は「順風満帆」を何よりの幸せだと思っている。つまずきのない順調平穏な人生に憧れる。しかしこの世には、そんな人生なんてないのだ。挫折があってこそ生きることに意味があるのだ。