この期に及んで、FBIから、またまたメール問題を突きつけられたヒラリー・クリントン。これで大統領選の行方はわからなくなった。しかし、メール問題よりも前、ブルームバーグによると、ヒラリーが大統領になった場合は富裕層に対する課税が厳しくなると言っている。第3回のテレビ討論会でもヒラリーは、年収25万ドル(2,500万円)以上には増税すると明言した。
ヒラリーは25万ドル以上の所得層には増税を行い、さらに年収500万ドル(5億円)を超える者には、4%の“Fair share surcharge”なるものを課税するとしている。これで今後10年間で1.4兆ドル(140兆円)の税収を増やすと公言している。Tax Policy Centerによると、この税収増は、アメリカ富裕層のトップ1%からの課税によるものであるとしていて、アメリカ国民の1%から140兆円もの税金が取れるところがアメリカである。しかし、そのトップ1%からの増税によって、彼らの税引後の収入は、たった7%しか減少しないとしているのも、日本では考えられない。何故か?
一方、トランプは今後10年間で、ヒラリーとは逆に6.2兆ドル(620兆円)減税すると言っている。富裕層トップ1%が、この620兆円の減税分の半分310兆円を享受し、その結果、手取り収入は13.5%も増えるとしている。
ヒラリーが当選したとしても、議会が共和党過半数のままだと増税の実行は難しい。仮に議会が民主党過半になったとし、2017年に法案が通過しても、公布するのは2018年なので時間はまだ十分ある。ヒラリーが掲げる増税案は複雑ではあるが、Capital Gain Taxに新しい税率を適用し、また、6年未満の投資についての利益には高税率を課す。富裕層の間で通常使用される項目別控除を利用した節税方法にも、かなりの制限を設ける(但し、チャリタブルな寄附金控除を除く)としている。
さらに驚くことには、年所得100万ドル(1億円)以上の者には30%の課税をすると言っている(日本では4,000万円を超えると45%)。こうした背景にはWarren Buffettが「自分の税率は10%台だが、私の秘書は37%の税率を課せられている。これはおかしい」と発言したことに由来する。したがって、この30%課税を“Buffett Rule”と呼ぶのだそうだ。
地方公共団体が発行する債券(Municipal Bond)は、利回りはよくないが非課税なので富裕層に人気だが、これは今のところ手をつけない。但し、Capital Gain課税が増大するようだと、不動産投資のようなBuy and Holdが増えそうだ。以上のように、ヒラリーの富裕層への増税案、そして富裕層への減税案はほとんどないとしている。しかし、この増税案、低所得者層にはうける。富裕層を敵に回して、低所得者層の減税を勝ち取る。
しかし、ヒラリーが仮に大統領に当選したとしても新税法を、国会を通して成立させることは容易ではない。そして、無理に増税案を押し通そうとしたら、政治的将来に傷がつきかねない。これは日本も同様である。アメリカの税法の問題は日本と異なり、税率が上がったからといって富裕層全員の税率が上がるわけではない。特にヒラリーの増税案を詳細に見ると、課税される投資や控除の少ない富裕層に対しては税額が増加しない仕掛けになっているからである。アメリカ歴代大統領の富裕層の増税案は多かれ少なかれ、このような仕掛けものである。日本もホワイトハウスを少し見習ったら、国外脱出する富裕層も激減すると思うが。
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今や流行語にもなった、フィンテック(FinTech)。フィナンシャルとテクノロジーをつなげた造語だが、これはクラウド家計簿やクラウド会計など、インターネットを通じた便利なサービスという印象が強いが、欧米のフィンテック企業は、日本よりはるかに上をいっていて、金融のあり方を根本的に変えようとしている。フィンテック企業のなかで特に成長しているのが「ロボ・アドバイザー」だ。ウォール街では株式等の売買も人間が指示を出すよりロボ・アドバイザーの方がはるかに超高速であり、正確だというのだ。今までの資産運用は人任せであったのが、ロボの方が人間より手数料がはるかに安く、運用成績も良い。人工知能などの技術革新によって、多くの金融の仕事がロボット化される。金融に次いでロボット化される上位ランクは、今後10~20年でなくなる確率が高い職種を列挙すると、保険営業(99%)、証券ブローカー事務員(98%)、銀行の融資係(98%)、クレジットアナリスト(98%)・・・となる。これらの特徴は、ロボット化の高いリスクにさらされているのは単純労働ではなく、比較的高いノウハウを必要とする仕事だということだ。これらは経験と知識がいる仕事であり、20世紀までの機械がこうした仕事に対応することは簡単ではなかった。