従来、この法人や個人が怪しいとして税務調査を実行する際には、長年のベテラン税務職員の「勘」に頼っていた。しかし、例えば渋谷税務署には法人担当職員が200名くらいいるが、調査対象となる法人は5万社にのぼる。一担当者が調査できる法人数は年間20数社程度。これではクジに当たる確率での調査である。そこで国税庁は、10年後の税務行政をイメージした「税務行政の将来像」を公表した。それはAI(人工知能)の進展を踏まえた情報システムの高度化などを前提として、ICTやAIの活用による「納税者の利便性の向上」と「課税・徴収の効率化・高度化」の2つを骨格としている。
例えば、今年10月から実施されるのは、不動産を売却した者がいるとする。登記所で不動産の所有者が移転されたのがわかるので、すかさず売却した者に確定申告の案内や税務相談などの必要性を、即、発信する。そして相談などがあった場合、その回答やAIを通じた相談内容の分析、そして最適な申告内容を自動表示するシステムだ。アメリカではすでに行っている。
「課税・徴収の効率化・高度化」とは、課税や徴収などの効率化を進める一方で、本音は国際的租税回避への対応と富裕層への監視強化である。富裕層への①申告内容の自動チェック、②申告内容の誤りやオフサイト処理、国税当局から富裕層への手紙・電子メール等による接触を行う、③調査対象へのAI活用。アメリカではこのように職員にAIが取って代わっているので実際、職員を減らしている。監査も同様で、アメリカではAIによって会計士が既に5万人職を奪われている。
考えてみれば、①の申告内容の自動チェックについては富裕層相手に現在行われているのであるが、さらに自動化を進める。そして近い将来、所得税では様々な取引等に関する情報と申告内容を自動的マッチングさせる他、相続税では財産所有情報等と過去の申告内容をAIが調査し、申告漏れや所得や財産漏れがないかどうか効率的に把握することが可能となる。また、今行われている税務署からの文書や電話による行政指導も自動化される。
つまり国税当局は富裕層のすべての取引を把握し、それが正しく申告されているかどうかをチェックする。そうして富裕層の収入、財産を丸裸にするというもの。アメリカでもそこまではしない。日本政府はどうやら徹底的にやるそうである。これでは国外脱出する者が後を絶たないのもわかる気がする。
☆ 推薦図書 ☆
ジャン=ガブリエル・ガナシア著 伊藤直子監訳 『そろそろ、人工知能の真実を話そう』 早川書房 1300円+税
2014年、英国の宇宙物理学者、スティーブン・ホーキングが、インディペンデント紙で「人工知能のもたらす不可逆的結果」について警鐘を鳴らした。それは「技術は瞬く間に発展し、すぐに制御不能となって、人類を危機的状況にさらすだろう。だが、今ならまだ止められる。明日ではもう遅いのだ」と、この論文に世界の名だたる科学者も同調した。その後、人工知能は驚異的な発展を遂げ、グーグルの自動運転車、アップルの音声認識アプリケーション「Siri」、クイズ番組で人間に勝ったIBMのコンピューター「ワトソン」。そして、コンピューターの機械学習能力はビッグデータの供給により、いずれ予測不能なものになり、コンピューターの自律性は増大し、結果、コンピューターが我々を支配するとしている。機械が自らを製造し、成長して、ある時点で人間の能力を超える。そして世界が変わり、人間が変わる。そうなると権力の及ぶ地域は国家の領土と重なり合わなくなる。その結果、国家は段々とその権限を失いつつあり、その権力は巨大企業によって少しずつかすめ取られ、国家は痩せ細ってくる。我々はこうして政治の大転換を目の当たりにしている。