IRS(アメリカ国税庁)は先月Offshore Voluntary Disclosure Program(OVDP)、オフショア口座利用により脱税を図ってきたアメリカ人に対して、自ら脱税をしていましたと告白すれば刑務所には送らないというプログラムを終了した。終了の理由には、アメリカ政府の脱税の締めつけが厳しく、オフショア口座を利用した税逃れがだんだん減少したことがあげられる。
2008年以前はオフショアを利用した脱税は、それこそ野放し状態で、何百万ドルを持ってスイスの銀行に行き、それを預けてアメリカに戻れば、あとは何もせずに安心だということであった。ところが今、同じようなことをしようとすれば、怪しいアドバイザーのもと、小さな島に行ってお金を隠匿するしかない。世の中が変わったのである。
もともと2008年、スイスの銀行がアメリカをProfit Centerとみなし、スイスのバンカーがニューヨークに来て、アメリカ人の脱税を手助けしていると内部告発があったことから、脱税の手口が露見した。そしてアメリカ司法省は2008年にスイスのUBSを訴追したため、スイスの銀行は決定的な打撃を受け、2009年にUBSは刑事罰を逃れるために7億8000万ドル(850億円)のペナルティーと、アメリカ人顧客情報をすべて引き渡す羽目になった。アメリカは、このUBSと同様に他のスイスの銀行、イスラエル、リヒテンシュタイン、カリブ海の銀行にも適用し、合計で60億ドル(7000億円)のペナルティーを科したうえで顧客情報を提示させた。
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、アメリカ国外で資産隠蔽したアメリカ人150人以上に対し、すでに5億ドル(6000億円)以上を課税し、中には刑務所に収監された者もいる。この中で最もペナルティーを払ったのは、元大学教授で発明者でもあるDam Horskyである。彼はオフショアに2億2000万ドル(250億円)の金を隠し、1億2500万ドル(140億円)のペナルティーを払った。
アメリカではオフショア口座が1万ドル(110万円)以上あり、IRSに報告されていなければ、その口座残高の半分以上がペナルティーを課されるという法律がある。Beanie Babisで財をなしたTy Warnerは1億ドル(110億円)以上のオフショア口座を隠し、5360万ドル(70億円)のペナルティーを払っている。2009年以降OVDPに5万6000人が申し出をし、その総額111億円(1兆2000億円)の追加の税金を払っている(日本では考えられないが)。
注目すべきは、このオフショアの対象外となっているのがアジアだ。つまり、シンガポール、香港、マレーシアなどだが、その手口といえば、資金の隠ぺいに人を使うのである。個人が他人に資金を保有させ、また、その他人が別の他人にその資金を預けるので、実の資金所有がわからないというのだ。私は思うのは、税金は逃れられるが、別の意味でハイリスクである。
また、脱税者で摘発された多くは、身近の者の密告である。IRSは内部告発者に対する密告報奨金もますます充実してきており、先ほどのUBSの内部告発者(密告者)に対しては、なんと過去最高の1億400万ドル(110億円)が支払われている。日本の国税庁も費用対効果を考えるなら、密告報奨金を検討した方がよいのではないだろうか。
☆ 推薦図書 ☆
廣中直行著 『アップルのリンゴはなぜかじりかけなのか?』 光文社 800円+税
2017年度のアップルの純利益は484億ドル(5兆3000億円)で世界首位、3年連続である。アップルがこうなったのも、スティーブ・ジョブズが復帰して以降である。しかし世界は全てをジョブズの功績にするが、実はジョブズが復帰する少し前、アップルはドナルド・ノーマンという著名な認知科学者に人の心はどのように働くのかを問うていた。人間が何を好み、どんなモノを欲しがるかという根本原理である。その原理は深層心理が作り出している。マーケティング業界では商品には2つの価値があると考えられている。機能的価値、つまり客観的な数値で表せる性能と、情緒的価値、これはモノを使っている時の楽しさや心地よさ。この情緒的価値が重要なのだ。自動車を例にとってみると、1960年代の広告は馬力や排気量の性能が売りだった。1970年代には外見やステイタスに変わり、1990年代安全性に変わった。2000年代は「走るよろこび」に変わり、今は「良い気持ち」だ。つまり、ユーザーの「こころ」である。ワイン売り場にクラシックの音楽を流した時と、今はやりの音楽を流した場合には、クラシックを流した方がはるかに売上が増加した。これは高級感ではなく、静かな音楽が流れる空間を「買った」のである。
今までのストーリーとは関係ないが、アップルのロゴはなぜ「かじりかけ」か。これは「欲望、知識、希望、そして無秩序」を表している。欲望、知識、希望、そして無秩序こそがイノベーションを生み出すカギとしている。