東証一部上場の「ニフコ」の小笠原敏晶会長(83歳)は傘下に持つ「ジャパンタイムズ」の会長でもある。ジャパンタイムズは日本で発行される英字新聞のトップシェアを誇り、私共も随分、参考にさせていただいている。その会長が3年間で10億円の申告漏れを東京国税局から指摘された。この事件は拙著「金持ちに捨てられる日本」(PHP研究所)を地で行くような物語である。来年から所得税等や相続税・贈与税の最高税率が55%となる。働いた本人よりも国が持って行く税金の方が多くなる、という危機意識が超富裕層に芽生えたとしても不思議ではあるまい。その手段は海外脱出である。この事件は日本で名のある富裕層も、そこまでやるかという思いと、いよいよ日本の有名経営者もなりふり構わなくなってきたということか。
所得税の納税義務者は、その国に住んでいる者である。国籍には関係なく、その国の居住者がその国に所得税を納めるのである。従って日本人であっても日本に住んでいなければ、日本で発生する所得以外の所得については日本で納税するのではなく、海外で住んでいる国に納税するのである。
欧米の多くの国が、居住者か非居住者かを判断する方法の一つとしているのが183日間基準である。つまり一年の半分以上住んでいる国が、その者の居住国という定義である。例えば日本とアメリカを行き来している者は、パスポートの入出国記録でわかる。ところが、3か国以上を行き来している者が、どの国にも1年のうち183日以上滞在しなくて、最高でも1か国に120日しか滞在していないとなった場合は、どうであろうか。どの国でも非居住者なので、所得税の納税義務はない。このような者を「永遠の旅行者」と呼び、本当にどこの国にも税金を納めていない者がいる。
小笠原会長は、アメリカ、韓国、香港、日本など5か国を転々としていて、この数年間は住所不定の状況であり、まさに、日本を含めてどの国にも1年間最高で3~4か月の滞在である。ニフコやジャパンタイムズからの報酬も、外国人として20%の源泉徴収で全て完了としていた。いよいよ日本の東証一部上場会社のオーナーや社長も、このような節税対策を考えねばならなくなったのだ。
ところが、このほど東京国税局から10億円申告漏れを指摘された。なぜなのか。日本の居住者・非居住者を判断するのは183日基準ではないのである。では日本の判断基準は何なのか。それは「生活の本拠地」があるかないかである。83歳の小笠原会長が日本に戻ってきたとき、「我が家」があってはならないのである。マイホームはもちろん、借家、アパートも同様である。完全に日本の非居住者になろうとするなら自宅を持たないこと。つまり日本では居候かホテル住まいをしなければならない。武富士事件もあれほど「生活の本拠地」でモメた。会長は国際税務のアドバイザーの人選を誤ったのではなかろうか。
しかし83歳になる名誉も地位もある会長がそこまでして、日本の重税から逃れなければならない時代になったとつくづく思う昨今である。
☆ 推薦図書 ☆
佐藤留美著 『資格を取ると貧乏になります』 新潮新書 680円+税
弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士を取り上げていて、「このような一流の資格さえ持っていれば食いっぱぐれはない」というのは大ウソである。
小泉内閣から規制改革によって、弁護士や会計士の数が激増、その割に仕事は一向に増えず、過当競争とダンピングが常態化し、いわゆる「資格貧乏」が溢れかえっている。
弁護士の5人に1人は「生活保護並み」の所得、税理士は顧問料が10分の1になったところも珍しくなく、会計士は監査法人がリストラと給与カット、社会保険労務士は独立して食える者はほんの一握り。私も該当する世界に身を置く者として、この著は実感としてよくわかる。資格社会は超不況である。